田部京子「プレアデス舞曲集2」レコーディング・レポート

田部京子「プレアデス舞曲集2」レコーディング・レポート

2001年3月5~8日 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット

1996年に第1弾を発売した「プレアデス舞曲集」の第2弾です。

第1弾は、今まで作ったアルバムの中でも、私自身特に気に入っているもののひとつでした。

田部さんのような第一線のコンサートピアニストが現代の作品のみで一枚のアルバムを作ったこと、そしてその吉松隆さんの「プレイアデス舞曲集」が現代の作品としては稀なほど抒情的で美しかったこと、という二重の意味で画期的な意味を持つアルバムで、当時随分話題を呼び、「レコード芸術誌」の読者投票で、現代音楽部門の年間の第1位をとりました。予想していたとおり、現代音楽系の評論家からは黙殺されたので、聴き手の方からの素直な反応はとても嬉しかったです。海外でも評判がよく、特にアメリカやイギリスから多くの反響がありました。

前作が生まれたきっかけは、なんと飲み会での会話。音楽業界の私的な飲み会で私が東亜音楽社(当時)の亀田さんに、田部さんで何か現代の作品をやってみたいんですよ、と雑談まじりに持ちかけたら、実はいい作品がある、と教えてくれたのが「プレイアデス舞曲集」。田部さんのシューベルトを聴いていた吉松さんも、田部さんのような人が弾いてくれたら、と亀田さんと話していたらしいのです。

後日送られて来た楽譜を持って田部さんに会い、早速試弾。その美しさに魅了されてしまいました。いい曲を何曲か小品集に入れられればぐらいのつもりだったのが、その場で、これはこれだけで一枚作ろうということになりました。

前作は「プレアデス舞曲集」の第1巻から5巻を収めましたが、それらは田部さんを想定して書いた作品ではなく、逆に田部さんの解釈にいい意味で予想を裏切られた吉松さんは、その後田部さんのために新しい「プレイアデス舞曲集」を4巻書きました。それに加えて、同じく田部さんのために書いたピアノ小品を収めたのが今回のアルバムです。吉松さんは田部さんのために「メモ・フローラ」というピアノ協奏曲も書いており、こちらは、イギリスのCHANDOSからCDがリリースされています。吉松さんのオーケストラ作品は、CHANDOSとの独占契約があり、残念ながらコロムビアでは最初のリリースはできないのです。

前作より、更に世界が広がり、美しいメロディーのたくさんつまったアルバムです。

ピアノの録音はまず調律から。初日はホールのピアノを、たっぷり時間をかけて調整します。技術者の松下さんは、田部さんの録音やコンサートでいつもお世話になっている方。様々なアーティストから絶大な信頼を得ています。
田部さんが到着して、早速ピアノの状態を確かめつつ、録音する曲を弾いて行きます。
そのうち作曲者の吉松さんも到着。初めて音になる自作を聴いて、その演奏に満足げ。思わず笑みが。
細かい解釈を、田部さんが吉松さんに確かめつつ、リハーサル。でも、自分が死んでる思ってやってくれ、という吉松さんは、基本的には田部さんの解釈にゆだね、あまり細かいことは言いません。麗しき信頼関係です。
これが楽譜。コンピューターのソフトで書いてあるので見やすいです。右側は曲目リスト。何と全38曲。「プレイアデス舞曲集」は7曲が1セットで全4巻。それに小品。1曲が2分程度の短い曲がほとんどです。
ヨコスカ・ベイサイド・ポケットは京浜急行の汐入という駅にあります。最近の横須賀名物は海軍カレー。カレー好きの私は期間中2回も食べてしまいました。ホールの中はこのように近未来的な雰囲気。音はヨーロッパの放送局のスタジオのように素直で適度な響があります。
モニタールームには、ホールのロビーを使用。外光も入り、気持ちの良い環境です。
プレイバックを聴いて、マイクを通すとどんな音になっているかを確認します。それによって、演奏の強弱やバランスを微調整するわけです。
音楽の友社の亀田さん。前回に続いて今回の楽譜も彼が担当します。前回と違うのは、今回は録音が先で楽譜が後。素晴らしい作品を聴いて、彼も満足げです。
録音はほぼ予定通りのペースで順調に進みました。それにしても田部さんの音は美しい。繊細でありながら、存在感があります。
その秘密はこの指!? 手はそんなに大きくはないのですが、親指以外の4本がほとんど同じ長さ! だからあんなに音階の粒がそろって美しいのでしょうか。その音色が存分に味わえるアルバムなので、是非ご期待ください。

全くの新曲の録音というのは、私にとって一番楽しい仕事のひとつです。ベートーヴェンやモーツァルトなどの過去の名曲はもちろん素晴らしいのですが、もう世の中に名盤がたくさんあります。このように弾くというような伝統もあります。レコーディングにあたっては、どうしてもそれを意識せざるを得ません。

しかし今回のような新曲は、まっさらな気持ちで、新しいイメージを作れます。演奏家やエンジニアと一緒に、新たな音楽体験の世界を構築して行く悦びは、通常のクラシック音楽の録音ではなかなか得られないものです。

是非多くの方に、この美しいピアノ・ソロの音宇宙を味わっていただければと思います。