佐村河内守 交響曲第1番 《HIROSHIMA》 レコーディング

投稿者: | 2011年5月22日

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東日本大震災からちょうど一ヶ月がたった4月11日、12日の2日間で、この作品の録音は行われました。
震災が起きた直後は、このような深刻な内容の作品を今人々は求めているのだろうかという不安を感じたこともありました。また、計画停電の対象地域に録音で使用するホールも含まれていたため、録音そのものができるのだろうかという心配もありました。しかしながら、結果的に、録音は順調に行われ、しかも奇跡のようなすばらしいものになったのです。

この作品を始めて知ったのは、昨年(2010年)の2月でした。作曲家の吉松隆さんから、面白い交響曲がある、ということを聞いたのです。全聾の作曲家の70分を超える交響曲。一体どんな音楽なんだろう。調べてみると、2008年に一度だけ広島で、短縮版(1,3楽章のみ)が演奏されており、4月には東京初演が行われるとのこと。70分を超える長大な作品ゆえ、いきなり全曲では集客の点でも厳しいのか、こちらも1,3楽章のみの演奏でした。
とにかく聴いてみなければ始まらない。4月4日、私は、池袋の東京芸術劇場に足を運びました。指揮は大友直人さん、オーケストラは東京交響楽団。大友さんが行っている、ユニークな作品を紹介するプロデュースシリーズの一環でした。私は見逃していたのですが、「交響曲第1番」は、2008年の演奏が、ニュース23で紹介されたこともあり、一部のクラシックファンの間では既に話題になっていたためか、当日は、この曲を聴くために、思ったより多くの人が集まっていました。
演奏会は、モーツァルトのジュピターと佐村河内守さんの「交響曲第1番」という組み合わせ。二人の天才作曲家の曲を演奏する、というコンセプトでした。そして休憩後、演奏された「交響曲第1番」は、衝撃的でした。現代にありながら、いわゆる「現代音楽」には与せず、ベートーヴェン、ブラームス、グルックナー、ショスタコーヴィチなどの、正統派シンフォニストの系譜に連なる交響曲。3管の大編成でありながら、全ての楽器が完璧に聞こえる精緻なオーケストレーション。そして何よりも、作曲者の心の叫びが、痛切に響いてくること。まさに私が求めてきた音楽だと感じました。これは必ず世の中に広く知らしめなければいけない、と強く思いました。
終演後の打ち上げで、始めて佐村河内さんと言葉を交わす(と言っても手話通訳の方を介してですが)ことができ、早速レコーディングのことを申し出ました。正直その時は、佐村河内さんは、本当に録音などできるだろうかと感じたと思います。しかも私はまだ2楽章を聴いていませんでした。いや私だけでなく、誰も聴いていなかったのです。全曲の初演は、8月、京都で行われる予定だったのです。最終的な結論は、京都で全曲を聴いてから、という話しになりました。
4月の演奏会を聴くまでは、京都の演奏会をライブで収録するということも考えていました。しかし実際に作品に触れ、その複雑さを考えると、ライブでは完璧なものにはならない。やはりセッションで収録しなければいけないということを感じました。そして8月の演奏会で全曲を聴き、その後指揮者、オーケストラと交渉し、東京初演の大友=東響という組み合わせで、録音が実現することになったです。
オーケストラ作品を、ライブでなくセッションで録音する。、これは本当に久しぶりのことでした。世界中見渡しても、現在、極めて稀なことになってしまいました。正直、コストの点で、クラシックのアルバムとしては、我々はここ10年かけたことのない金額です。でもこの作品は、必ず歴史を変える。そしてきっと多くの人がこんな音楽を待っている、という強い信念がありました。

IMG_0111JPG_5612681568_l そして迎えた4月11日。東京交響楽団の方の協力で、4月8日、9日と、2日間にわたって入念なリハーサルが行われ、オーケストラのレコーディングとしては、最高に恵まれた状態で、録音に臨むことができました。
体調不良のため入院中で、録音に立ち会えない佐村河内さんからのメッセージを、セッションの冒頭、オーケストラのみなさんにご紹介した後、まず一番長い2楽章から録り始めました。1日のセッションは、13時から18時までの5時間です。オーケストラは、3月11日以降、ほとんど全ての演奏会がキャンセルになっていて、震災以来、初めての本格的な仕事だったためか、いやそれよりも、作品の力が、彼らを本気にさせたのでしょう、緊張感のある、熱気の籠もった演奏が繰り広げられました。
これまで数多くのオーケストラ録音を、国内外で経験してきましたが、正直、オーケストラが、ここまで真摯に録音に取り組んでくれるのを見るのは始めてでした。もちろんどのオーケストラも、手を抜いているわけではないと思うのですが、この作品の意義、力が、指揮者とオーケストラに、神憑った力を与えたように思えました。それはまるで満席の聴衆を前にしているかのような高揚感のある演奏だったのです。
2楽章を無事録り終え、最後の1時間は、3楽章に当てられました。25分を越える長い楽章ですが、できるだけ音楽の流れを重視するため、一度は通して録っておこうということになりました。演奏が始まると、オーケストラも大友さんもすさまじい集中力で、この難曲を、ほとんど乱れもなく、鳥肌が立つような素晴らしい演奏で進んでいきます。そしていよいよ最後のクライマックス、というところで事件がおきました。17時16分、3月11日以来、最大級の余震が起きたのです。マグニチュード7.0、福島周辺での震度は6弱。もちろんそのときはそこまでの情報はなかったのですが、会場のパルテノン多摩も大きく揺れ、マイクも、そして天井の反響板も大きく揺れ出しました。音楽は、いったん集中力が切れると、次になかなかいいテイクは生まれません。この素晴らしい演奏が止まらないで最後まで行ってくれ!と祈るような気持ちでした。オーケストラのメンバーの方たちも、当然揺れは感じているものの、ここは行くしかないという感じで、緊張感が途切れず、最後の大クレッシェンドに突き進み、3楽章は終わりました。
終わった後は、しばらく放心状態で、大友さんも、「今日はもうエネルギーを出し切ってしまったから、ここで終わりにしましょう」という提案。予定より30分ほど早く、1日目は終了になりました。この奇跡的なテイクは、心配されたノイズもなく、最終的なCDに、ほぼそのまま使っています。
2日目も集中力を保ったオーケストラは、無事全曲を録り終え、セッションを終了しました。

その後、ポストプロダクションを経て、ようやく2日前に、音が完成しました。発売は7月20日。早くみなさんにこの音楽を届けたくてうずうずしています。複雑でピアニッシモからフォルテッシモの幅が広い作品ですが、通常のオーケストラ作品に比べて、個々の楽器が主張するのではなく、全体の風景や世界を味わっている感覚になる作品で、ミックスやマスタリングでも、エンジニアやディレクターは、そのあたりに細心の注意を払って作業をしてくれました。文学でいえば、ゲーテの「ファウスト」やダンテの「神曲」のような、壮大な深遠な世界を感じさせてくれます。

佐村河内さん自身は、この作品を闇の音楽と呼んでいます。原爆という絶対悪に象徴される「闇」。それを表現したこの音楽で「闇」の深さを感じて、逆に小さな「光」の尊さを知ることができる。80分の旅を経て、最後の天昇コラールが響いたときの感動、それはまさに闇に降り注ぐ「希望の曙光」に感じられます。
あの震災直後は、このような深刻な内容の音楽は、聴きたくないのではないかと思ったこともありましたが、逆に、今だからこそ、私たちはこの音楽を必要としているのだと感じています。闇の音楽であると同時に、希望の音楽でもあると思います。

まだ東京での全曲初演の予定が決まっていないのが残念ですが、是非1人でも多くの音楽ファンに、この偉大な作品を聴いていただけることを願っています。


佐村河内守 交響曲第1番 《HIROSHIMA》 レコーディング」への4件のフィードバック

  1. 木村 彩

    佐村河内守さんは以前、TVでドキュメンタリーを見て、もの凄い衝撃を受けました。大江光さんのお仕事といい、時代を超えて、人の心に残るお仕事をされていますよね。。頑張ってください。^^v

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  2. SANMA

    はじめまして。佐村河内さん検索し、こちらのブログをみつけました。
    ほんとに、心に染みとおる音楽だと思います。私のブログには、佐村河内さんのファンの方がけっこうアクセスしてます。
    熱心なファンのかたばかりですので、
    岡野様のこちらのブログ是非ご紹介したくて、載せさせていただきました。もし、不都合ございましたらすぐに消しますのでお知らせください。(事後報告ですみません)
    もう感涙です。ありがとうございました。

    返信
  3. ピンバック: 佐村河内守「交響曲第1番〈HIROSHIMA〉」ふたたび | 岡野博行Website クラシック&ジャズ

  4. ピンバック: 佐村河内守 NHKスペシャル | 岡野博行Website クラシック&ジャズ

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